戻ってきた戦艦ミズーリ

1986年5月10日、戦艦ミズーリは復役を果たしました。1970年代には立て続けに起こった出来事からアメリカ経済は落ちこんでいました。そこで、海軍長官ジョン・F・リーマンによる「600隻艦隊構想」達成の努力により、戦艦ミズーリが就役した時の4倍以上の費用である475億円をかけて改修・近代化が施されました。

A. Lee Kaiss艦長は戦艦ミズーリの司令官となるよう命じられました。1985年9月12日、改修・近代化後初めて乗組員たちが戦艦ミズーリに乗艦しました。船内を1つ1つ確認していくうちに、彼らの中で戦艦ミズーリに対する誇りが芽生えていきました。その誇りを表す為に、“ミズーリ乗組員は16インチ砲でやってのける”などといったバンパースシールを作りました。これらのシールは、トラックやクレーンや建物など、造船所のいたるところに貼られていました。Kaiss艦長は戦艦がたどった歴史を乗組員たちに伝えることで、彼らのその精神をサポートしました。また、艦長は、“ミズーリの乗組員は他の誰よりも誇りを持っていた。”と彼らに言い聞かせました。

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近代化が施され、新しく塗装された戦艦ミズーリは、1986年5月6日にサンフランシスコに入りました。再就役式はその4日間後にオークランド・ベイブリッジに近いピア32で行われました。乗組員たちがは艦上で立ち並び、約1万2千人の聴衆が式のために集まりました。Kaiss艦長と式典に参列した何人かの政治家は降伏文書調印式が行われたデッキに立ちました。

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Kaiss艦長のスピーチが終了し、乗組員は戦艦艦首を駆け巡りました。甲板に立つ者や、階段を上り戦艦上部のほうに陣取ったり、艦内に入った者もいました。16インチ主砲と5インチの副砲を式を見守っていた聴衆に向けて回転させ、砲身を最大限45度まで上げました。トマホーク巡航ミサイルの発射台が35度に傾斜され、ファランクスCIWISは回転を始めました。戦艦ミズーリが正式に戻ってきたのです。

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今日、来館頂いた皆様、ボランティアの方々、寄付などのご協力を得ながら、戦艦ミズーリ保存協会は戦艦ミズーリの保存・維持に努めています。再び就役することはもうありませんが、平和の象徴として真珠湾に係留されています。実際体験されたり、学んだり、ご覧になられた方々、是非分かち合いましょう!

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投稿者: senkanmissouri

歴史的な過去と現代の技術の共存する船、戦艦ミズーリは、訪れた人々に歴史の痕跡と真実を巡る機会を提供する記念館として一般公開されています。戦艦ミズーリ記念館は展示物、過去の記録、ツアーなどを通じて、皆さまに艦上での生活について詳しく学んでいただけます。現在公開されている戦艦上の多くの部分は、ミズーリ号が就役していた当時の状況をほぼ忠実に再現しています。当時の戦艦内の設備や生活の様子などをご自身の目で確かめに、ぜひご来館ください。

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