6本のペン

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マッカーサー元帥が降伏文書調印式の署名の際に何本のペンを使ったか、またその後それらのペンがどうなったのかと今も時折質問を受けます。

 

マッカーサー記念館の記録保管人であるジム・ゾーベル氏によって提供された情報を元にお伝えしていきたいと思います。

“これらが文書や記録から分かった事です。

マッカーサー元帥は署名の際に6本のペンを使用しています。その内4本はウォーターマン製の万年筆で、日本に向けてマニラを発つ際にマッカーサーがコートニー・ホイットニー大佐に指示して軍の司令部より手に入れたものです。

1945年9月2日にホイットニー大佐が妻に宛てた手紙でこれらは明らかになりました。他2本はマッカーサーの妻が所有していたオレンジ色のデュオフォールドのペンとホイットニー大佐が所有していたペンでした。6本使用して署名された事は、調印式の当日ミズーリの艦上でマッカーサーの補佐として乗艦していたホイットニー氏とマッカーサーのパイロットのウェルドン“ダスティー”ローズ中佐により確認されています。

日本の代表が署名する際にはマッカーサーのペンはテーブルに置かれておらず、マッカーサー自身がテーブルへと持っていきました。署名をしている写真を見ると、4本の万年筆はいずれも先が細く真ん中のあたりには帯ラインが入っていて酷似しているのがご覧頂けるかと思います。

マッカーサーは最初のペンで“Douglas(ダグラス)”、2本目で“mac(マック)”、3本目で
“Arthur(アーサー)”と連合軍側の書類に署名しました。そして、4本目で“Douglas(ダグラス)”、5本目で“mac(マック)”、6本目で“Arthur(アーサー)”と日本側の書類に署名しました。

5本目はホイットニー大佐が、6本目はマッカーサーの妻ジーンが所有していたペンでした。

私が見た文書記録によると、署名後にパーシヴァルが受け取ったペンはイギリスのチェスターにある博物館に、ウェインライトが受け取ったペンはニューヨークの陸軍士官学校に展示されています。

 

ウォーターマン製の他2本のペンはマッカーサー記念館が保持しており、その内の1本はギャラリー5に展示され、もう1本はペンタゴンに貸し出されています。マッカーサーの妻が所有していたオレンジ色のデュオフォールドのペンは東京のアメリカ大使館で盗難に遭ってしまいました。

マッカーサー記念館を何度も訪れている妻ジーンもこの事を証言しています。ホイットニー大佐のペンは、彼の息子リチャード・ホイットニー氏が所有しています。

 

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第二次世界大戦終結70周年記念の際に戦艦ミズーリの上級士官食堂に展示された、マッカーサー記念館より借用したウォーターマン製のペン。

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投稿者: senkanmissouri

歴史的な過去と現代の技術の共存する船、戦艦ミズーリは、訪れた人々に歴史の痕跡と真実を巡る機会を提供する記念館として一般公開されています。戦艦ミズーリ記念館は展示物、過去の記録、ツアーなどを通じて、皆さまに艦上での生活について詳しく学んでいただけます。現在公開されている戦艦上の多くの部分は、ミズーリ号が就役していた当時の状況をほぼ忠実に再現しています。当時の戦艦内の設備や生活の様子などをご自身の目で確かめに、ぜひご来館ください。

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