“ご遺体は海へと戻されました。”

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1945年4月12日夜中、戦艦ミズーリ艦上で32マイル先(約51キロメートル)で消えた敵機を再び察知するとその数分後に夜間艦上戦闘機が撃ち落としました。その5分後に再び別の敵機を47マイル先(約76キロメートル)で発見しましたが光が消えていきました。早朝4度に渡る奇襲の内で1機だけ艦隊に7マイル(約11キロメートル)まで接近したので私は対空射撃の構えをとると、艦隊からの対空砲火に退散していきました。USSイントレピッドの夜間艦上戦闘機は午前2時30分まで敵機を追跡しましたが北東で見失いました。夜明け前に空母より飛び立った戦闘空中哨戒機は1日中沖縄上空より攻撃を続けました。

午前9時、前日に戦艦ミズーリに衝突した神風特攻隊員のために水葬がとり行われました。

沖縄の北東の海域のミズーリ艦上で、何人かの乗員が準備した旭日旗にくるまれたご遺体に対し、海兵隊5名の弔銃とビューグルの演奏と共に全員敬礼をして水葬がとり行われました。フォーク従軍牧師は「遺体を海に沈めよ!」と命じて締めくくりました。

1左から右:杉山タダフミ氏、佐藤健輔氏、カワハラエドウィン氏。

佐藤氏は戦艦武蔵の二等兵曹。カワハラ氏は米陸軍中尉、第100歩兵大隊、アメリカ陸軍情報部(MIS)の尋問者・言語講師であり、 12月7日の真珠湾攻撃の目撃者。

その54年後、戦艦ミズーリ記念館のボランティア スタッフの佐藤健輔氏、カワハラ・エドウィン氏はデッキの上でこう思いました、“その特攻隊員は一体誰だったのか?”。

後に彼らの上司であるマーケティング&ツアー部のリー・コリンズ部長に、その特攻隊員の身元特定の為に情報収集を行い調査・分析をする史実調査委員会発足の許可を仰ぎました。コリンズ部長は学芸課へ打診をし、この2人に加えて元民間防衛隊員の杉山タダフミ氏とツアー部の長谷部正寿氏と共にその後7年間毎週金曜日の午前9時に集まり、日米の両方から収集した情報を元に調査を進めました。

2001年、神風特攻機衝突の出来事を忘れない為、また、戦争下に行われたキャラハン艦長の人道的行為に敬意を表し、史実調査委員会は戦艦ミズーリ保存協会へセレモニーを行う提案をしました。

セレモニーを行う事は慎重に承認されましたが、一方で敵として戦った全ての神風特攻隊の慰霊をパールハーバーの戦艦ミズーリで行うという誤った情報が論争を巻き起こしました。しかし、セレモニー当日の2001年4月12日、ダニエル・イノウエ元上院議員はこう言いました。

“文明が始まって以来、戦のどちら側に立とうとも戦士は敵を尊い、戦いにおける作法・礼儀を重んじました。アメリカ独立戦争において、主要な戦いの終結時には、勝者には名誉として敵の剣が授与されました。それは勝利の証でもあり降伏の象徴でもありました。それらの儀式の中で敗者もまた、その位に準じて栄誉を受けました。全ての文明国はこれらの儀式などを通じて、戦争に負けることによって必ずしも国が滅んでしまうのではないということを人々へ伝えてきました。私たちの国家が誕生して以来、ジョージ・ワシントンやユリシーズ・グラントやドワイト・アイゼンハワーなどの私たちの軍のリーダーへとこの精神は受け継がれてゆきました。ウィリアム・キャラハン艦長もまた、戦では強固な姿勢を見せながらも、相手に対する礼儀を重んじ、人間性の繋がりを保ち続けました。キャラハン艦長のように、戦争における極限状態に立たされたような時にこそ、私達の信念の強さは試されます。甲板に横たわる敵の遺体を前に艦長は何を思ってこのような人道的行為を行ったのでしょうか?”

ダニエル元上院議員はこのように締めくくりました。 “ウィリアム・キャラハン艦長はご遺体を敵としてではなく1人の人間として見たのだと思います。”と。

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このセレモニーにはキャラハン艦長の家族も参列しました。その中にはキャラハン艦長の子息の姿もありました。そしてさらには、4月11日にアメリカ海軍に対し攻撃を行った特攻隊員の家族(ただしミズーリに衝突したとされる石野または石井両名の家族ではありません)も出席しました。

このセレモニーは、日本からの参列者達にとって、戦争下に家族を残して遠くへ飛び立ちそして散っていった特攻隊員の中の1人が、艦長の指示の下、尊厳をもって葬られた事に対しキャラハン艦長への敬意を子息や家族を通して表す機会となりました。

セレモニーの数ヵ月後、セレモニーのプログラムやニュースで取り上げられた記事のコピーをキャラハン艦長の未亡人であるサラ・キャラハンさんへ郵送すると、お返事の手紙をいただきました。“ビル・キャラハン(艦長のニックネーム)を知る全ての人々は、彼の立派な人格や賢明さやそして何より神と同胞を愛する心を思い出して、同じように賞賛してくださると思います。”

投稿者: senkanmissouri

歴史的な過去と現代の技術の共存する船、戦艦ミズーリは、訪れた人々に歴史の痕跡と真実を巡る機会を提供する記念館として一般公開されています。戦艦ミズーリ記念館は展示物、過去の記録、ツアーなどを通じて、皆さまに艦上での生活について詳しく学んでいただけます。現在公開されている戦艦上の多くの部分は、ミズーリ号が就役していた当時の状況をほぼ忠実に再現しています。当時の戦艦内の設備や生活の様子などをご自身の目で確かめに、ぜひご来館ください。

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